月1回の連載エッセイ「気づきを楽しむータイの大地で深呼吸」

 

 毎月、佼成新聞デジタルで連載している

 「気づきを楽しむータイの大地で深呼吸」

 エッセイの第9回目がアップされました。

 

 気づきを楽しむータイの大地で深呼吸(9)

 

 今回はカンポンさんからの学びを

 短くまとめてお届けです。

 カンポンさんからの学びは

 たくさんありすぎて、もっともっとお届けしたいのですが

 その中でも死へのプロセスからの学びが

 もっとも深かったので、その点をフォーカスして書いてみました。

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 「死ぬ前に死ぬ」(ターイ・コーン・ターイ)という生き方。

  カンポンさんの本を訳した際に

 「自殺を考えたことがありますか?」との

 質疑の中でのお答えの中にも、この

 「死ぬ前に死ぬ」というエッセンスが書かれた部分があります。

 抜き出してみますね。

 

 。。。。。。。。。。。。。

2、自殺を考えたことはありますか?

 

 自殺を考えたことはありません。でも来る日も来る日も

 苦しみに襲われ、生きていくのがイヤになり、

 もうこの世にいても意味がないと考えたりしたことはあります。

 

 (中略) 


 しかし、仏法の言葉によれば、「自殺」もまた

 良きことなのですね。ここでいう「自殺」は

 体を死に至らしめるものではもちろんなく

 「自我を滅する」ということです。

 体に関して言えば、それは忠実な使用人のようなものです。

 なぜなら、来る日も来る日も私たちにこき使われているのですから。

 ちょっとかわいそうな存在です。

 ですから、私たちが死に至らしめなければならないのは、

 そんなかわいそうな存在の体ではなくて

 そんなふうに考えてしまう思考の方です。あるいは

 「この体と心は私のものである」といった早まったものの見方です。 

 もしこのような早まったものの見方(邪見)を捨て去ることができれば

 苦しみは二度と生じてこなくなるでしょう。 

 「気づきの瞑想で得た苦しまない生き方」(佼成出版社)

  <156−158ページ参照>

。。。。。。。。。。。。。。

 

 本の中では直接は書かれていませんが

 まさにプッタタート比丘のおっしゃった

 ターイ・コーン・ターイのことですね。

 

 体と心をしっかりと観て気づきを高めていった時の

 この視点。

 体を「かわいそうな存在だなあ」と見守る視点に

 カンポンさんのユーモアと温かさを感じます。

 

 カンポンさんがありのままにその姿で

 「死ぬ前に死ぬ」生き方を貫いてくださったおかげで

 ありありとこのメッセージが生きて続けているのを感じます。

 

 エッセイにもそのあたりのことを書きましたので

 もしよかったらどうぞ、お読みください〜。