タイで得度体験のある伊藤さんのブログ

 

 先日、とても嬉しいメールがありました。

 このブログでもご紹介した

 カンポンさんの動画『死・それは命の最後の授業』

 をご覧いただいて、その感想をいただき

 またご自分のブログでも紹介したいと

 丁寧にメールをくださった方がいました。

 

 伊藤允一(いとうまさかず)さん

 タイで出家の体験もあり、現在は日本に戻られて

在家のお立場で社会福祉士としてのお仕事、そして

瞑想会などを開催していらっしゃるそうです。

 

 以前も、カムキエン師が亡くなられた際のことを

私のブログで取り上げた際に連絡をいただき

そのこともまた彼のブログで書いてくださいました。

 

 タイでの学びをとても丁寧に書いてくださっている

ブログ、私も読ませてもらって励まされています。

 伊藤さんの修行を始め、タイ仏教で大切な学が

たくさん書かれています!ぜひお読みくださいね。

 

    

タイ佛教修学記 タイの人々とタイ佛教 そして私の求道

 

そして今回、ご紹介いただいた

カンポンさんの動画に関してはこちらです。

動画のご紹介『死・それは命の最後の授業』

 

私が心に残った伊藤さんの言葉を

抜き出してみますね。

 

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この動画を見た時、私がタイで触れたことや感じたこと、

そして学んだことがまさに凝縮されている・・・

そのように感じた。

 

死亡の診断を受ける瞬間、葬儀の風景、荼毘(火葬)に

ふされていく時の様子、散骨される時の様子・・・

これらの全てをありのままに伝えているのだ。

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「法を伝える道具として生きる」ということは、自らが他者

の仏法の学びと、徳を積む機会そのものとなるばかりではなく、

そうすることで自分自身の徳ともなる、非常に尊い行為である

ということを忘れてはならないと思う。

 

きっと、この命の最後の授業は、私達にとっての学びとなり、

徳となるとともに、カンポンさんにとっても大いなる徳となったに

違いない。

 

互いにとって素晴らしき、善なる機会であったのだと思う。

 

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まさに!

私がお伝えしたかったこと。

タイ仏教の雰囲気を丁寧に伝えてくださっている

伊藤さんの言葉は、私にもすごく響いてきました。

 

カンポンさんが遺してくれたもの

 

死について語ったり、議論したり

 大切な人の死にまつわることから学んだり

医療・看護・あるいは家族、当事者として

ターミナルケアとは何かを話し合う場は

増えているかと思います。

 

しかし、語っているその人自身が

どういう死を迎えたか、ということを

他の方にも丁寧に伝えてくれる人はあまりいません。

ましてや動画でそのプロセスが残っている方は

ほとんどいないでしょう。

 

声や映像としてそのプロセスも撮っていいよ、

とおっしゃってありのままを「法を伝える道具」として

捧げられたカンポンさん。

 

死という偉大な体験を、

法の学びとして丁寧に分かち合う。。。

 

よっぽどの心の成熟がないと

できないことだと思います。

そして周りの方への信頼、周りの方も

カンポンさんを信頼していなければできないことです。

 

カンポンさんが動画の中で何度もおっしゃっている

「善き死」という言葉。

心に苦しみなき状態で、肉体の死を迎える。

 

一瞬一瞬を生きることの意味を

カンポンさんの最期の姿に学ばせてもらいます。

 

伊藤さん、ご紹介いただき

本当にありがとうございました。

 

カンポンさんのことは

これからもこのブログの中でも発信していきます。

Campfireでのクラウドファンディグでも

カンポンさん追悼本&イベントプロジェクトが

スタートしていますので

ご協力よろしくお願いします!